同じ場所で、仕事内容も大きく違いはないはずなのに、なぜか楽しそうに仕事をしている人っていますよね。
この仕事が楽しいという現象を、「その人が物好きだから」とか「評価されていて居場所があるから」など理由をつけて自分とは違うんだ、と捉えてしまうと、その違いを理解することは難しくなってしまう。そうして日々過ごしていくうちに、やがてはどこか遠い世界の人の話として片付けてしまうことも少なくないし、むしろ昨今の仕事観からすると多数派なのかもしれない。
もちろん、薬局、特に調剤薬局という業界においては、狭い人間関係の中で仕事をしていく人も多く、人間関係の悪化や、割に合わない仕事量、待遇面での問題があることも事実としてあるだろう。ただし一方でそれだけでは説明がつかないケースがあるのも現実だ。
転職して、環境を変えたはずなのに「前の方が良かった」「かえって状況が悪くなった」と感じてしまう人もいるからだ。
この記事では、どうにも立ち行かない場合は転職も選択肢として持つ必要性を認めた上で、その前に自分の考え方や向き合い方で状況を好転させていく余地はないのか、という視点から整理していく。
仕事が楽しくない原因は、環境だけでは説明できない
環境を変えれば仕事は楽になる。
そう考えて転職を選択する人は少なくないだろう。
ただし現実的には、環境を変えたはずなのに、仕事が思ったよりも楽にならないケースも多く見られる。
当たり前ではあるが、業界を大きく変化させない限り、概ね求められる仕事量や仕事内容、人間関係の規模感はさほど変わらないことが多いからだ。環境のせいだと考えていたはずなのに、結果としてよく似た環境に再び飛び込んでしまう。これはもはや一種の負の再現性を取りに行っていると言えるかもしれない。
ここで重要なのは、「環境が悪い」と捉えている感覚そのものは間違っているわけではないという点だ。問題になるのは自身が今の環境の何に不満を感じているのかが曖昧なまま、環境だけを変えてしまうことにある。
仕事内容そのものなのか。
評価のされ方なのか。
課せられている業務量なのか。
やりがいや成長実感なのか。
はたまた、学びを感じられないことなのか。
この切り分けができていない状態で環境を変えた場合、運よく好転するケースもあり得るが、多くは同じ違和感を抱え直すことになる。
仕事が続く人が無意識に入っている「成長の循環」
仕事を楽しんでいる人は、あなたと比較して仕事そのものが特別に楽なわけではないだろう。
多くの場合は、自分なりにやりがいや意味づけを見出し、それを次の取り組みに結びつけていることが多い。
今日感じた手応えや違和感をその場で終わらせず、「明日はこうしてみよう」「来年はここを伸ばしたい」と時間軸のある取り組みに昇華させている。さらにこの積み重ねが、成長実感に結びついていく。
その土台になっているのはなんだろうか。
俺は自己学習にかけている時間が一つのファクターとなっていると考えている。
自己学習は、単に知識やスキルを増やすためだけのものではない。自分は何に興味があるのか、どこに向かいたいのかを考える内省の時間でもある。その時間の積み重ねから、自己理解が深まり、仕事に対する向き合い方が少しずつ変わっていく。
この変化は、自然と仕事への姿勢にも影響するだろう。主体性を持って業務に向き合うようになり、その姿勢、取り組みが顧客や上司からの評価につながれば、自分のやっていることには意味があるんだという実感が強まるだろう。
さらに主体性を持った行動というのは周囲とのコミュニケーションを生む。その延長線上にはフィードバックを受ける機会も増えるだろう。そのフィードバックが次の学習や工夫に繋がり、新しい意味づけが生まれる。
仕事を楽しんでいる人は、この循環の中に無意識に入り込んでいるんだ。
仕事が楽しくない状態が続くと、なぜ辞めたくなるのか
ただ誤解を生まないように断っておくと、仕事を辞めたくなった人は、能力が低いわけでも、意欲が全くないわけでもない。多くの場合は、仕事の中にやりがいや意味づけを見出せなくなっている状態にあるだけだ。
やりがいは、仕事を続けるための気合いではなく、さらに搾取されるものでもなく、「この仕事に向き合う意味」を与える効果を持つ。その意味づけが弱まってしまった場合、じぶんの仕事の質を高めるために取り組む時間は少しずつ減っていく。その結果として、自己学習に割く時間が減り、学びや工夫が生まれにくくなる。
この循環の中で自身にどんなものが濃縮されるだろうか。おそらくであるが、成長実感が得られず、仕事はますますこなすものという概念が固定され、時間経過とともに違和感や不満が蓄積され、やがては辞めたいという感情として表に出てくることになる。
転職を考える前に、一度だけ整理してほしいこと
今挙げたような負の循環に陥っていない人は、転職するにあたっても比較的冷静な判断ができると思う。自分は何に不満を感じているのか、何を変えたいのかが整理できているため、転職が現場から逃げる手段ではなく、次の成長を選ぶ手段になっているからだ。
一方でやりがいや意味づけを失い、学びの循環が止まっている状態で転職を選択する場合、似た環境に飛び込んでしまっていた、という可能性も高くなる。環境を変えたはずなのに、同じ違和感を抱える。
ただしこの記事では転職そのものを否定するものではない。どうにも立ち行かない状況であるなら、環境を変える選択は必要だ。ただその前に一度だけ、
自分はいま、どの循環の中にいるのか。確認してしてみるといいだろう。
